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名古屋地方裁判所半田支部 平成5年(ワ)122号 判決

原告

占部絹代

右訴訟代理人弁護士

水口敞

中村弘

中村伸子

被告

知多農業協同組合

右代表者代表理事

吉澤新治

右訴訟代理人弁護士

石畔重次

小栗孝夫

小栗厚紀

後藤脩治

長谷川龍伸

主文

一  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成三年六月三日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項と同旨

第二  事案の概要

本件は訴外半田市農業協同組合(以下半田農協という)との間で、養老生命共済契約を締結したと主張する原告が、半田農協を承継した被告に対し、満期共済金と、遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告またはその前夫である訴外高橋昭三(以下昭三という)のいずれか(これが争点)と、半田農協との間で、いずれも次のような内容の四口の養老生命共済契約が締結された(以下この四口の右養老生命共済契約を一括して本件共済契約という)。

(1) 被共済者 原告

(2) 満期共済金受取人 原告または昭三のいずれか(争点)

(3) 契約日(共済責任の始期) 昭和六一年六月三日

(4) 満期日(共済責任の終期) 昭和六六年六月二日

(5) 共済期間   五年満期

(6) 満期共済金額 一〇〇万円

2  特約により、昭和六一年六月三日に、五年間分の共済掛金が、四口全部について払込まれた。

3  昭三は、平成元年一〇月九日半田農協に、原告名義の共済証書等紛失届出書を提出して本件共済契約を解約し(但し正当権限に基づく解約であるか否かは措く。以下この解約を本件解約という)、同月二〇日に解約金を受領した。

4  本件共済契約の満期日である平成三年(昭和六六年)六月二日が、経過した。

5  半田農協は、平成五年四月に、合併により被告となった。

二  主たる争点

1  半田農協との間で、本件共済契約を締結した者(以下本件共済契約者という)は、原告か昭三か。また満期共済金受取人は、原告か昭三か。

2  半田農協の昭三に対する解約金の支払は、債権の準占有者に対する弁済として有効か。

3  満期共済金支払請求権は、時効により消滅したか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

甲一ないし四、乙一の一ないし四、証人伊藤腆子、同高橋昭三及び原告本人の各供述等を総合すると、次の事実が認められる。

昭三は、手持ち資金のより有利な運用の方法はないかと考え、自己の経営するマッサージ治療院に、治療を受けにきていた訴外伊藤腆子(被告の職員)に相談したところ、同人は養老生命共済契約を勧めた。昭三はこれに従うこととし、当初自分自身が被共済者として、半田農協と右契約を締結するつもりであったが、同人は身体障害者なので、医師の診察を受けなければ被共済者となることができないのみならず、被共済者が男性より女性である方が、掛金が安かったことと、契約者を昭三とし、被共済者を原告とする方法も考えられないではなかったが、契約者と被共済者が異なると、満期時に一時所得と認定されて課税され、満期共済金の手取り額が減少することがあるため、伊藤は契約者と満期共済金の受取人をいずれも妻である原告とすることを勧め、昭三もまたこの勧めに従うことにした。そして伊藤が本件共済契約申込書(乙一の一ないし四)の用紙を、昭三宅に持参して、必要事項の記入をする際には、昭三は、原告をその場に呼び、右申込書の被共済者告知欄のうちの被共済者名の欄に署名するよう求めたうえ、共済契約者の氏名及び被共済者の氏名の各横に押印するため、印鑑を持ってくるように指示した。原告はこれに従い、右被共済者名欄に署名したうえ、当時原告が使用していた印鑑を、保管場所のタンスからその場に持ってきた。この印鑑が、右申込書の所定場所(氏名の右横)に押捺された(原告は、押捺は自分がしたと供述するが、証人伊藤腆子は、昭三が押捺したと供述し、相反するうえ、弁論の全趣旨によれば、伊藤が押捺した可能性も否定できず、誰が右押捺したか確定できない)。なお右申込書の共済契約者、被共済者(告知欄を除く)の各氏名欄には、いずれも伊藤が原告の氏名を記入した。満期共済金受取人欄には、「共済契約者様」と不動文字が印刷されている。

ところで養老生命共済証書(甲一ないし四、以下本件証書という)には、共済契約者名及び満期共済金受取人名として、いずれも原告の氏名が記載されている。この証書を、当初原告、昭三のいずれが受領したかについては、昭三と原告の供述が相反し、いずれとも認定しがたいが、遅くとも平成元年一〇月一日頃、原告が昭三のもとを去って、昭三と別居したときから現在までは、原告がこれを所持している。

このように認められ、右事実によると、本件共済契約申込書の共済契約者の氏名は、原告の意思に基づいて、原告の氏名が記載されたものと認められ、さらに本件証書(半田農協作成)の共済契約者及び満期共済金受取人として原告の氏名が記載されていることに照らすと、契約の相手方である半田農協も申込者が原告であると認識した、うえこれを承諾したものと認められるから、半田農協に対し、満期共済金受取人を自己とすることなどを内容とする本件共済契約の申込みをしたのは、原告であり、半田農協も申込者及び満期共済金受取人を原告と認めて、右申込を承諾したものと認定するのが相当である。

もっとも、本件共済契約の発案、被告の担当職員の伊藤との交渉等は、すべて昭三が行ったわけであるが、これは本件共済契約が締結されるまでの経過にすきず、最終的な契約申込が原告の意思に基づいてなされている以上、本件共済契約者は(したがって満期共済金受取人もまた)、原告と認めざるを得ない。なぜなら、昭三の供述のとおりだとすれば、原告は、本件共済契約者及び満期共済金受取人を昭三とすることを了解し単に、申込書の共済契約者及び満期共済金受取人欄に原告の氏名を記入することに同意したのみであることとなるが、原告の供述に照らすと、原告は、自己の名義を貸すことを承諾したにすぎないとは考えていなかったからである。

また昭三は、掛金合計三一六万八〇〇〇円は、自分がマッサージの治療院を経営して得た収入を預金しておいたもの等から拠出したものであるから、本件共済契約者及び満期共済金受取人は、自分であると供述する。

しかし原告は、右供述とは異なり、自己の退職金から拠出したと主張し、これに副う証拠(甲七、甲九、原告本人)を提出している。いずれが事実に合致するのか、にわかには判断がつきにくい。しかし仮に昭三の供述のとおりであるとしても、原告は昭三と昭和五七年一一月一二日に婚姻届け出(甲八)をして以来、昭和六一年三月までは(盲学校等で保母等として)稼働しながら、また退職してからは専ら、主婦として家事労働に従事し、昭三を支えていたのみならず、在職時には生活費を相当額負担していたことが認められる(甲七、甲九、原告本人の供述によって認める。この認定に反する昭三の供述は採用しない)ので、前記治療院の収入には、原告の寄与ないしは貢献が相当程度認められるものというべく、この事実に鑑みると、前記掛金の全額を、昭三のみが拠出したものと認めることはできず、原告も右寄与度ないしは貢献度に応じて、掛金を負担していたものと認めるのが相当である。そうだとすると、昭三の掛金の拠出者が自分である旨の前記供述は、前記のように本件共済契約者及び満期共済金受取人を原告と認定することの妨げにはならない。

二  争点2について

1  被告の主張

仮に原告が、本件共済契約者であるとしても、勧誘を受けることから契約の締結に至るまでの一連の手続は、すべて昭三が行っており、掛金も全額昭三が現金で支払っているのであって、被告の担当職員である伊藤は、昭三が実際の契約者であると信じていた。したがって本件解約とこれに伴う弁済自体は、債権者としての外観を有する昭三に対しなされたものであるから、有効である。

2  判断

昭三が本件解約を申し出たとき、本件証書を所持していなかったこと、また乙二の一ないし四(長期共済契約異動申込書)及び乙三の一ないし四(共済証書紛失等届出書)に押捺された印影は、申込書(乙一の一ないし四)のそれと異なると認められることから、右解約申出時、昭三は申込書に押捺された印鑑を、所持していなかったと推認されること、乙四の一ないし四(解約金の領収書)の受取人欄には印影(この印影は、乙一の一ないし四の印影とは異なる)があるのみで、受取人の氏名の記載がないこと等の事実に鑑みると、被告には、昭三を本件共済契約の真実の契約者と信じるにつき、過失があったものと認めるのが相当である。

したがって被告の前記主張は、採用できない。

三  争点3について

1  被告の主張

本件共済契約に基づく共済金支払請求権の消滅時効の期間は、二年である(商法六八三条、六六三条、養老生命共済約款一四条)。

したがって満期から二年後の平成五年六月二日の経過により、消滅時効が完成した。

すなわち、商法六六三条は、保険金の支払いについて二年の短期消滅時効を規定し、同法六六四条は、これを相互会社に準用している。そして同法六八三条は、以上の規定を生命保険に準用している。

ところで現在では、協同組合の共済事業も営利保険と同様の技術をとりいれ、商業保険との市場における競合の中で同様の特質を備えるに至っているので、現在の共済契約は、その実態において、商法でいう「相互保険」と異なるところがない。したがって相互保険と同じに扱い得るのであり、相互保険に準用される前記商法規定(六六三条、六六四条、六八三条)を類推適用するのが、法の正しい解釈である。

原告は、民法一六七条一項によって一〇年の消滅時効にかかると主張するが、同じ養老生命保険であるにもかかわらず、保険者がたまたま株式会社または相互会社であれば、二年の短期消滅時効に服し、農業協同組合であれば、それが一〇年になるというのであって、著しく均衡を欠くことは明らかである。

2  判断

農業協同組合の共済契約には、商法の適用がなく、またこの契約に基づく共済金等の請求権は、商行為によって生じたものではないから、一般の債権につき定められた一〇年の時効期間の経過により消滅する(民法一六七条一項)。

被告の、農業協同組合の共済契約には、商法六六三条を類推適用すべきであるとの主張は、その根拠について、十分な論証がなされているとは認められないこと等に鑑み採用できない。

もっとも本件共済契約に適用のある養老生命共済約款一四条には、「共済金受取人が共済金または生存給付金の支払請求手続を二年間怠ったときは、共済金または生存給付金を支払わないことができます。」等が規定されている(乙五)が、これは、除斥期間、すなわち共済金等支払請求権の存続期間を定めたものと解すべきである。

そして除斥期間の経過による権利の消滅を免れるためには、右除斥期間内に、共済金等の支払を求める意思を裁判外で明確に告げることをもって足り、必ずしも訴えを提起して請求することまでは必要ではないと解すべきところ、原告は、本件共済契約に定められた満期日である平成三年六月二日に、半田農協の乙川支店を訪れ、本件証書を呈示して満期共済金の支払いを求めている(原告の供述)ので、右満期共済金支払請求権は、保全されたものというべきである。しかしてその後は消滅時効の問題となるが、前記のとおり満期共済金支払請求権の消滅時効の期間は、一〇年と解すべきところ、原告が右のように裁判外で請求してから、本訴を提起した平成五年九月一日までの間に、未だ右時効期間が満了していないので、消滅時効は完成していない。

したがって被告の前記主張は、採用できない。

四  よって被告は原告に対し、本件共済契約に基づき、満期共済金合計四〇〇万円及びこれに対する満期日の翌日である平成三年六月三日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の請求は理由がある。

(裁判官大濵惠弘)

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